回春の歴史

a woman has black hair

フェラチオやスマタ、単純な手コキ、パイズリ、顔射……などなど、いま風俗で当たり前のように楽しまれている風俗サービスには、それぞれ歴史がある。ここではいちいち取り上げて説明しないが、とにかく人類のエロに対するたゆまぬ努力が実って、さまざまなプレイが生まれてきた、ということなのだ。先人たちに謹んで敬礼をささげようではないか。
ところで、名古屋のエステ系風俗店で楽しめる回春サービスにも、もちろん歴史がある。こっちについては、きちんと説明するとしよう。
「名古屋、名古屋と書いているからきっと名古屋で生れたサービスなのだろう」と思っている人がいるかもだが、そうではない。
回春は、まだ日本列島に生れた国にようやく倭という名が付くかつかないかという頃に生まれた……詳しい年代は歴史書をあさってもらいたいが、とにかくずーっと昔である。そして場所は日本ではなく中国である。そう、あの4000年の歴史の中から生まれてきたのだ。

そのころ、中国の皇帝は悩んでいた。彼の悩みを反映して、王宮はひっそりとしていた。女官たちは笑わず、兵士たちは肩を落とし、文官たちは黙々と書類を読んでいた。なぜこのような暗いムードが漂っているのかというと、皇帝は長らく男性機能の不全に悩んでいたのだ。
年齢のせいかSEXに飽きたのか、とにかくあんまりエッチな気分になれないのだ。元気がないのだ。
そこで登場したのがナントカという名前の老師である。仙人めいた老人である。彼は研究に研究を重ね、ついにある技術を開発した、という。
それこそ、のちの世に「回春」の名で伝わる技術に他ならなかった。
お妃やお妾の女性たちが老師に呼ばれ、この技術について学んだ。その間、王宮では誰もがかたずをのんでコトのゆくえを見守った。女官は口もとを手で押さえて声を押しころし、兵士は槍をつかむ手に力をこめた。ふだんは冷静沈着な文官たちさえ書類から目を上げた。

結果は……大成功であった。皇帝は再び「オトコ」となり、朝方にはお妃が相次ぐオルガスムスでぐったりとなった裸身を汗に光らせて横たえるそばで彼は大笑したのである。そして、王宮にふたたび活気が戻ったのであった……と、このような歴史が回春サービスにはある。